安部公房『壁』『砂の女』をご紹介

膨大な数の作品があふれる昨今。
私たちは何を読むかを決めるとき、その時間を使って読めるはずだった別の作品を読まないことも選択している。
短い人生、なるべく面白い作品に出会えるように人からの影響バンバン受けてこ!

第2回目は安部公房の、特に有名な2作品をご紹介します。

そもそも安部公房、ご存知ですか?
高校生の人だと教科書で『棒』を読んだことがあるかもしれません。
満州で英才教育を受けた数学の天才で、東大の医学部を出ています。文学のみならず演劇や映画にも手を染めてました。
早くに亡くなっていなければ、大江健三郎よりもノーベル賞に近かったとか。
まあ頭が良すぎてヘンなものしか生み出せなかったんですね。

安部公房の作品はとにかく
ヘンなものが好きな人、頭をめちゃめちゃにされたい人
におすすめです。
茶化してますが、ヘンなものが好きな私の高校時代は安部公房に染まってました。全集にも七割がた手を出した気が…。
何が良いかって、ただヘンなだけではなく、シンプルに面白いし、今までの自分の考え方を強烈なやり方でリセットさせてくれるんです。
ベッドの上で寝ころびながらにしてジェットコースターで日本縦断している気分になれます。
都市の疎外、資本主義、共産主義、労働者、アイデンティティの喪失、人間関係の回復手段の模索などなどが関心事だったようです。

さてさて!詳しく見ていきましょう。

『壁』
私は高校の教科書で安部公房の『棒』に出会いました。
この人の本をもっと読んでみたい!と思い図書室で最初に手に取った本がこの『壁』です。
本は薄く、読むだけならサラッと読めてしまいますし、使われている言葉もシンプルで分かりやすく無駄がありません。
「S・カルマ氏の犯罪」「バベルの塔の狸」「赤い繭」(「赤い繭」「洪水」「魔法のチョーク」「事業」)の3部(6編)からなるオムニバス形式の作品集となっています。
題名だけでもすごく面白そうじゃないですか?笑
『壁』は何度も読み直しましたが、正直、全体としては私には何も理解できません( ;∀;)
たとえば「S・カルマ氏の犯罪」は、「ぼく」がある朝目覚めると、虫に、ではなく、自分の名前を失くしてしまっていた!というところから始まります。
名前が無いというだけで「ぼく」はさまざまな困難に巻きこまれます。
犯人の名前が分からず迷宮入りしていた事件のすべての犯人にされてしまったり、自分の名刺に恋人や仕事まで乗っ取られてしまいます。
現実世界で自分の存在を証明する手段を失った「彼」(途中からこの表記になる)にはすべてのものが不条理に感じられ、最終的に『彼』は壁となってしまう…。

ハ?って感じでしょ。
こんな感じのナゾの寓話的なものが6つ入っています。
「事業」なんかは簡単に言うと、キリスト教の教義にのっとって殺人を合法化しよう(‘ω’)!不細工な人間は食肉にして人類をもっと美しくしよう!(‘ω’)
というノリの話だったと思います。

このように、突飛なことを、納得できるようなできないような部分的なロジックを使ってさらっと書き上げています。
かといって適当に書かれているわけではもちろんないので、普段当たり前だと感じている世界を揺るがす力があります。
またこれについては記事を改めて書いてみたいとおもいますが、芸術の分類としてはシュールレアリスム(超現実)の系譜に置くことができます。
安部公房、気になる!という人には必ず入り口として最初に読むことをすすめる作品です。

『砂の女』
こちらのほうが安部公房作品としての知名度は高いですし、いかにもノーベル賞をとりそうな作品です。
壁と違って、読めばテーマがちゃんと分かりますし、何が書きたいのかも、それを伝える手法も上手な上に、芸術的価値までしっかりと守られていると感じました。

どんな話かというと、「偶然迷い込んだ砂の中にある集落から出られない。どう頑張っても脱出できない。俺どうしよう」という話です。
男が偶然アリ地獄のような砂の集落に迷い込んでしまうのですが、毎日トライ&エラーを繰り返して必死で砂をよじ登って脱出しようとするのにうまくいかないんです。
あと少しで脱出、というところまでいくこともあるんですがことごとく失敗に終わります。
集落に迷い込んだ日から男のことをかくまってくれている女との関係も日々変化します。
融和政策をとるときもあれば、時には殴りそうになったり、犯しそうになったり。女も村人も粘着質で多くを語らない砂のような人たちです。
ですがある日、これなら絶対に確実に脱出できるやん!!という方法を男はとうとう思いつきます。さて結末は…読んでご確認ください。

これを読んで「何を書きたいのか」を読み取れないことはまずないと思いますが、そこから何を感じるかは人によってかなり広がりがありそうです。
読んだ人と話してみるのも面白そうだなあと思いつつ、実行できないでいます( ;∀;)
本作で登場する砂のイメージは、安部公房が幼少期を過ごした満州での体験によるものとされています。
本文にも書かれていますが、砂は常に動いて移動を続けているらしいのです。
読みごたえがありつつもシャープな切れ味でくどくないです。ビールの宣伝みたいですけど。
『壁』とはタイプの違う作品ですが、文学としてふつーにおすすめです。

まとめ
なぜかあまり取り上げられることがないのですが、私は安部公房の言葉による風景や人物の描写力は正確なデッサンよりも優れていると思います。
いろいろ読みすぎてどの作品に書いてあったか忘れてしまいましたが、ボロボロのあばら家が強風に耐えなんとか立っている様子を表した言葉など思わず「うまいっ!」とひとりでつぶやいてしまいました(正確な表現は忘れてしまったので載せません。探してみてね)。細かな部分まで注目しながらも、部分の集まりにまで分解させず、実物以上に実物を伝えるというか…とにかく上手いんです。
色々な意味でびっくりの作家だと思うので、ひとりでも興味を持ってくれる人がいたら嬉しいですね(*´ω`*)
また彼の著作はまとめて紹介していこうと思います!

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