米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』をご紹介

膨大な数の作品があふれる昨今。
私たちは何を読むかを決めるとき、その時間を使って読めるはずだった別の作品を読まないことも選択している。
短い人生、なるべく面白い作品に出会えるように人からの影響バンバン受けてこ!

第3回目は、米原万里の作品をご紹介します。
私がもっとも好きな女性作家のひとりです(‘ω’)ノ最近亡くなられました。
お父さんが日本共産党の方で、仕事の関係でチェコのプラハに移住し、ソビエト大使館付属学校で子供時代を過ごしました。
日本に帰ってからは同時通訳者や小説家・エッセイストとして活躍し、エリツィン大統領に可愛がられていたそうです。

この人の話は子ども時代の体験ありきで書かれています。人物や時代の切り取り方がいきいきとしていて鮮やか。
親しい友達や知人の話が多いですが、大切な人たちへの愛情を前提とした細やかな観察眼がなせる業なのかなあと思います。
下ネタを愛しており、作中には明るい下ネタが飛び交っています。

さてさて!(*’▽’)詳しく見ていきましょう。
『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

この本を読むと…
・馴染みのない社会主義国の暮らしを垣間見られる
・「中欧」と表現される地域の人々の複雑な気持ちや誇りを感じられる
・なんだかんだ筆者は聡明なお嬢さんであり、学友と学び遊ぶ姿を楽しく眺めることができる
・相互理解の難しさや面白さについて考えさせられる

この本は「リッツァの夢見た青空」、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、「白い都のヤスミンカ」の三編から成る作品です。
お気づきのように三つでスラブを表す色となっており、表題作には共産主義を連想させる赤を選んだのでしょう。
視点はすべてマリ(筆者は作中でこう呼ばれている)で統一されています。
三人ともマリが子ども時代に学校で仲良くなった女の子で、リッツァはギリシャ人、アーニャはルーマニア人、ヤスミンカは…?です。
マリは途中でチェコの学校から日本の中学に編入し、それからも日本で暮らしていくうちに、チェコでの子ども時代や親しかった友人たちは次第に思い出になっていきます。
しかしソ連ともに社会主義の一時代が終わり、関連する地域の情勢が不安定になってきたことを知ったマリは友人たちの安否に不安を覚えます。
大人になったマリは作家や通訳者という自身の立場なども生かし、三人と各地でなんとか再会を果たします(三人の友人たちとの再会はテレビ番組にもなっていてYouTubeで動画が見られます)。
何十年ぶりの再会に喜びあいますが、三人とも歴史の生み出した歪みに多かれ少なかれ巻き込まれており――
というお話です。

それぞれの女の子についてもう少し詳しく述べておくと、

リッツァ
ギリシア人。いつもギリシアの空の青さをマリに自慢するが、なんと本人はギリシアの空を見たことが無い。
勉強はからっきしで、映画や文学の中の男女関係に異常な興味を示す奔放な女の子だったリッツァ。
再会した時に彼女は医者になっていた。

アーニャ
ルーマニア人。お父さんがルーマニアの共産党幹部。自身も共産主義の理念に共感し、父のことを尊敬している。
なぜかその理念に矛盾した発言や行動も多かったし虚言症のようなものもあったが、とても優しくて相手に安心感を与えることができる女の子だったのでマリはアーニャを愛していた。
再会した時、彼女はロンドンで英語を使って働いており、上手だったロシア語はあやしくなっていた。さらに共産主義の理念にも反対の立場を取ったのだった。

ヤスミンカ
聡明で魅力的な少女だった。読んだ感じ、マリが最も尊敬していたと思う。
自身のことをユーゴスラヴィア人だと思っていたが、戦争が始まるにつれて自分はボスニアのムスリムであるという意識を持たざるを得なくなった。
再会したときは、ユーゴスラヴィアという国が壊れかけているためにユーゴスラヴィア人というアイデンティティが持てなくなり、そのせいで新たに表出したボスニア・ムスリムという帰属意識によって人間関係がこじれ辛い状況にあった。

一人ではどうしようもない力による悲劇
私がこの本を読んだとき、現実というのはまったく複雑で困難なものだと再認識しました。
ちょうど安部公房への傾倒もようやくおさまってきた時期にこの本を読みました。
安部公房は人間の同質性(人間を動物というフェーズで考える)にフォーカスして作品を書きがちなので、読んでるとどんな人間でも同じように理解しあえるような気分になってきます。笑
しかし米原万里の作品を読むと、やっぱ人間の相互理解って無理だナ、と正直感じてしまいますね。
「具体的な背景を持たないのっぺらぼうの人間しかいない世界なんて面白くない」という記述が本文の中にあり、それは本当にその通りなのですが。
三人の女の子たちはみな強さと賢さをもった女性へと成長していったことが伺えますが、かといって彼女たちが一人だけで歴史を変えられるわけもありません。
ヤースナ(ヤスミンカ)に至っては帰属意識の書き換えまでもを余儀なくされました。
争いは誰の責任なのか?現実が一筋縄ではいかないものだということを思い知らされます。

心を通わせる少女たち、日々の学び
全体として明るい話というわけではないのですが、マリが通っていたソビエトの学校はとても充実していたようで、読んでいると楽しくなってきます。
テストはすべて論述形式だったそうで、日本の学校とは全然違いますね。
また、マリがそれぞれの女の子たちと築く友情はとても尊いものがあります。特にヤースナは聡明な上に絵も上手で日本の葛飾北斎に興味があり、それを知ったマリは大喜びで家にあった北斎の切手をヤースナにあげた(詳細はうろ覚えです)という場面は心が熱くなりました。
今まで拾い集めてきた人生のピースが全くの他人とカチリと合わさった時の喜びがリアルに伝わってきます。

まとめ
心からのおすすめ本しか紹介しないと決めていますが、嘘つきアーニャはその中でも上位にきます。
米原万里作品はこれ以外に、もっと軽くて読みやすいエッセイもたくさんあります(『旅行者の朝食』、『不実な美女か貞淑なブスか』などなど)。
同時通訳の難しさ、言葉の面白さについて通訳者やバイリンガルならではの視点でたくさん書いてくれているので、ハマる人はハマると思います(‘ω’)ノ
女子会で話しているようなざっくばらんな語り口も魅力的です。どちらかというと男子より女子が好きそう。ぜひ読んでみてください。
米原万里については『オリガ・モリソヴナの反語法』という小説についてもいずれご紹介するつもりです。題名がキャッチ―じゃなさ過ぎて知名度低いので…。

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